
離島移住で変わった仕事への価値観。「民宿+複業」で島のために働く原田さん
2026年10月更新
現在募集中の地域おこし協力隊情報
長崎県内の地域おこし協力隊に関心をお持ちの方へ。
弊社が自治体と伴走し、募集企画や受け入れ体制の設計などを支援している募集プロジェクトを紹介します。
地域のリアルやミッションの背景まで深く取材・把握している注目のプロジェクトです。
長崎県西海市沿岸に浮かぶ松島。かつて捕鯨や石炭の採掘で栄えた、人口約400人の小さな離島です。
令和元年、原田剛吉(はらだたかよし)さんはこの地の協力隊に着任。退任後も島内で2つの民宿とお弁当屋兼カフェ1店舗を経営しています。
笑顔で「松島のためになるなら」と語る姿が印象的な原田さん。
愛知県で居酒屋を経営していた原田さんが、なぜ長崎県の小さな島へ移住を決めたのか。その理由と移住後の暮らしについて聞いてみました。

松島を案内する原田さん<原田さんプロフィール>
静岡県熱海市生まれ。
東京都と千葉県で17年間の板前修業をしたのち、愛知県名古屋市で16年間の居酒屋経営を経て松島へ移住。
「移住する気はなかった島」へ
――名古屋市から地方移住しようと思ったきっかけは?
原田さん)居酒屋をやっていたときに、地方で「魚料理を振る舞う民宿をやってみたい」と考えていて。そのタイミングで東日本大震災に炊き出しのボランティアとして参加したのが決定打になりました。被災地を間近で見て、「本当にやりたいことって今すぐやらないと」と考えるようになったんです。本気で移住を考え始めたのはその時ですね。
――なぜ移住先に長崎県を選んだのですか?
原田さん)板前経験を活かして魚料理で勝負したかったので、海産物が豊富な長崎県が候補だったんです。名古屋市で開催していた移住相談会で初めて松島を知ったんですけど、その当時、実は移住するつもりはなかったんですよ(笑)妻とも「離島はちょっとハードルが高いよね〜」と話をしていて。

フェリーから見た松島――それでも、松島への移住を後押ししたものは何だったのでしょうか?
原田さん)協力隊として最大3年間はお給料をいただけるので、その間の生活が保証されていたのが大きかったです。それと、やっぱり松島の「人」の温かさは大きかったです。この島の人って「押し付けすぎない優しさ」で接してくれるんですよ。その距離感が僕たち夫婦にとっては居心地が良かったんだと思います。移住後には食事会に誘ってもらったり、本当に家族みたいな感じです。全国いろんなところで暮らしてきましたけど、ここでの生活が一番しっくりきますね。

原田さんが経営する民宿に集まり食事をすることも。原田さん)協力隊に応募する前に、役所の方に案内してもらって実際に島を巡ってみたんですけど、海沿いが近い風景も思い描いていた長崎のイメージどおり。素直に「ここで民宿をやってみたい」と思いました。松島には、コンビニも、信号もない。でも、だからいいんです。癒やしをくれる風景や人たちがこの島にはあります。
やりたいことに全力を注いだ4年間
――協力隊としてはどのような活動を?
原田さん)移住前からずっとやりたかった民宿の開業に全力投球して、協力隊2年目で「外平の宿『新屋敷』」と「本村素泊まりの宿『はえん風』」という2つの宿をオープンしました。古民家をリフォームした「新屋敷」では島内の食材を使った料理を提供しているので、ゆっくり松島を体感したい方におすすめです。改修作業は島民の方にも助けていただいたんですよ。

外平地区でかつて「新屋敷」と呼ばれていた古民家を改修したそう。原田さん)「はえん風」は素泊まりの宿で、海沿いにあるので釣り旅には持ってこい。松島は釣りのポイントも多いんですよ。それぞれの宿で特徴が違いますが、有り難いことにどちらもリピーターになる方が多いんです。

窓から海を見渡せる「はえん風」。どことなく懐かしくて優しい雰囲気だ。――まさに原田さんがやりたかったことですね!
原田さん)有言実行です(笑)令和5年には古い家を改築して「かまんだいこえ」というお弁当屋&カフェをオープンしました。島内唯一のレンタサイクルも置いています。

「釜浦(かまのうら=かまんだ)にある憩いの場」だから「かまんだいこえ」やりたいから働く 移住で変わった仕事の価値観
――やりたいことがやれたとはいえ、協力隊任期中に悩みはなかったですか?
原田さん)たまに似たような質問をされるんですけど、悩みはホントに今もないんですよ(笑)
居酒屋をやってるときは毎日働いていて「仕事=やらなくちゃいけないもの」に感じていて、実は嫌いだったんです。「休みたい、休みたい!」って思ってました。だけど松島に来てからは「仕事=やりたいこと」になって。やりたいから働く。それが移住前後で明確に変わったことかな。
――原田さんのハツラツとした印象からは想像できないです(笑)
原田さん)「商いは飽きない(飽きちゃダメ)」ってよく言いますけど、ここに来る前はその言葉がピンときてなかったんです。でもここに移住してからは、お客さんが自然に入ってくるのが楽しいから「商いやってるときは(店を)開けていたい」と自然に思います。それが松島のためにつながればいいな、と。

「かまんだいこえ」にて。営業時間外でしたが「やっとる?」とお客さんが入ってくることも。――その松島への想いはどこからくるんでしょうか?
原田さん)協力隊として活動させていただいたので、やっぱり「松島のために。島の人たちに認められたい。」という気持ちが強いですね。でもそれって回り回って「自分のため」でもあるんですよね。なぜなら、僕もこの島で一生暮らしたいと思っているから。地域にとっても、島にとっても、自分にとっても、良い仕事がしたいんです。
「複業」が島暮らしのヒントに
――これから松島で実現したいことを教えてください。
原田さん)まずは、今までやってきたことを続けることかな。民宿では体験農園で採った野菜や釣ってきた魚を料理して、お客さんに美味しく食べていただきたいです。とはいえ、無理やり事業を大きくするつもりはないかな。
――何か理由があるんでしょうか?
原田さん)手応えは掴んできていますが、正直に言うと、民宿一本で生計を立てるのは難しいかも…とも感じています。
ただ、「複業」という手段もありますよね。今も民宿と弁当販売以外にいくつか別の仕事もしてるんです。例えば農産加工所で味噌やカンコロ餅をつくったり、バスの運転手をしたり、イノシシの駆除なんかもしています。

イノシシの駆除も収入源になる。原田さん)ただ稼ぐのが目的なら、民宿をやるよりも駐車場とかをやるほうがもっと楽ですよね。初期費用もかからないし。でもそれよりも島のためになることがしたい。
今やってることってどれも島に貢献できる仕事ですし、そういった働き方を組み合わせた生活を模索しています。
やりたいことをやり抜く。しかも楽しみながら。
それを自然に体現している原田さんの姿に、協力隊の本質を感じます。
今日も松島のために。原田さんは働きます。
自治体と弊社が二人三脚で設計した、安心の協力隊募集プロジェクト
地域おこし協力隊への挑戦を検討している方へ
今回ご紹介した記事のように、地域で活躍するためには「地域の受け入れ体制」や「本音のコミュニケーション」が欠かせません。
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