
目の前の仕事を重ね、西海市で見つけた自分らしい暮らし 静かな海辺で一棟貸し宿開業
2026年10月更新
現在募集中の地域おこし協力隊情報
長崎県内の地域おこし協力隊に関心をお持ちの方へ。
弊社が自治体と伴走し、募集企画や受け入れ体制の設計などを支援している募集プロジェクトを紹介します。
地域のリアルやミッションの背景まで深く取材・把握している注目のプロジェクトです。

長崎県西海市の北部に位置する西海町横瀬郷(よこせごう)。
車を降りると、木々がざわめく音しか聞こえないほど静か。海辺にある桟橋の向こうには、穏やかな佐世保湾と、緑の山並みが続いています。
2026年7月、その桟橋のたもとに、一棟貸しの宿「qukulu hütte(クークルヒュッテ)」がオープンしました。

宿を営むのは、西海市地域おこし協力隊OBの堀内寛生(ほりうちひろお)さんです。隊員の頃は、一般社団法人山と海の郷さいかいに所属し、修学旅行生などを受け入れる体験民泊事業や、キャンプ場・さいかい元気村での自然体験活動に携わってきました。今回は、隊員になるまでの歩みや、退任後も西海市で暮らすことを選んだ理由を聞きました。
※この記事は、一般社団法人長崎県地域おこし協力隊ネットワーク(NCN)が2026年7月に西海市で開催した地域おこし協力隊研修会での公開インタビューを元に作成しています。
<堀内寛生さんプロフィール>
神奈川県出身
2023年3月〜2026年2月 西海市地域おこし協力隊 一般社団法人山と海の郷さいかいに所属し体験民泊事業に従事
2026年7月 西海市西海町に一棟貸しの宿 qukulu hütte(クークルヒュッテ) をオープン
遠回りをしながらたどり着いた西海市

室内には友人撮影の西海市の風景やオーストラリア時代の写真が飾られている堀内さんが西海市にたどり着くまでの道のりは、まっすぐではありませんでした。
大企業に就職するも、先の見える会社員生活に違和感を覚え退社し、オーストラリアでワーキングホリデーを経験。帰国後は、九州各地で働きながら旅するように暮らしていました。
長崎県を訪れて、まず心を動かされたのが波佐見町(はさみちょう)でした。
「行列のない下北沢(※)だと思いました。それぞれ小商いや窯元とか、自分と同年代の人が起業したり、責任を持っていたりして、こういう道もあるんだと知りました」
その後に訪れた東彼杵町(ひがしそのぎちょう)では、大村湾と茶畑の風景に出会いました。その景色を見て「住みたい」と率直に感じたそうです。
一度横浜に帰ってから仕事を探し、長崎県大村市へ移住して、隣接する諫早市の医療機器メーカーで営業職として働き始めました。海の見える会社で、安定した仕事でしたが、堀内さんには違和感がありました。
「思い描いていた暮らしじゃない」
そこで働きながらも、休日には県内の気になる場所へ足を運び続けました。
そんな頃に出会ったのが、西海市で活動していた人たちでした。西彼杵(にしそのぎ)半島のトラベル雑誌「ruck(リュック)」の発売記念トークショーで、当時、一般社団法人山と海の郷さいかいの代表を務めていた橋本ゆうきさんの話を聞きます。
同年代の人たちが、自分たちの思いを形にしながら地域で働く姿に刺激を受け、「自分もこんな仕事がしたい」という気持ちを強くしたと言います。
そんな時に、西海市地域おこし協力隊の募集がありました。
一般社団法人山と海の郷さいかいで、修学旅行生などを受け入れる体験民泊の仕事と知り、すぐ応募して西海市での生活が始まります。
※下北沢……東京都世田谷区にある古着屋や小劇場・ライブハウス、個性的な飲食店が集まる街
仕事と顔合わせを重ねて積み上げた信頼関係

1年目は事務所のあったHOGET(ホゲット)で勤務。ここで知り合いが増えていった地域おこし協力隊として西海市に着任したのは、2023年3月。
「もう本当に、入った瞬間に現場に出ました。修学旅行は4月から始まるんですけど、僕は3月着任だったので、入ったその日にインターンの受け入れがあって。翌月からは修学旅行生がどんどん来る。やりながら覚える感じでした」
そう話したあと、堀内さんはこう続けました。
「でも、それが自分には合っていたんですよね。すごい大変だし、いっぱい失敗したけど、責任のある仕事を最前線でできたのはよかった」
修学旅行の受け入れでは、家庭や学校、旅行会社など、多くの人と関わります。相手は毎回異なり、その場で判断しなければならないことも少なくありません。だからこそ、現場で経験を積み重ねるしかありませんでした。
また、堀内さんは、自分が恵まれた環境だったことも何度も口にしていました。
「起業して地域に残ってくれた隊員経験者おかげで、道筋ができていたんです」
さらに、市役所の職員との関係も大きかったと話します。
「市役所の人たちも、それまで何人か隊員を採用した経験をしてきたからだと思うんですけど、過度な期待をかけずに見守ってくれました。部長や課長クラスの方まで、いつも声をかけてくれて。本当に関係者の皆さんには恵まれました」

宿をオープンしたとき、市役所職員からメッセージ入りの花が贈られたその当時、一般社団法人山と海の郷さいかいの事務所はカフェ・ショップ・レンタルスペースを兼ねた拠点であるHOGET(ホゲット)にありました。
市役所へ行く用事は、書類のやり取りなど限られていましたが、お土産を持って行くなど、カフェに立ち寄るような感覚で市役所へ顔を出していたと言います。
そんな何気ないやり取りを重ねるうちに、市役所の職員も、堀内さんが出店するイベントへ足を運んでくれるようになりました。
「自分の仕事は隊員としてしっかりやる。個人でやりたいことは休みの日にやる。プライベートで出たイベントに、市役所の人が顔を出してくれたら良いなと思ってました。それが実現できたのが、すごく嬉しかったです」

さいかい元気村では事務所の屋根も自分たちで作った2年目になると、新たに始まった体験観光事業の拠点として、“さいかい元気村”が動き始めます。堀内さんは、修学旅行の受け入れに加え、自然体験プログラムも担当するようになりました。
「仕事、多いですよね」と筆者が言うと堀内さんからはこう返ってきました。
「でも、何もないより全然いいです。やることが明確に決まっていたので」
3年目も基本となる仕事は変わらないなか、プライベートでは新しい挑戦も始めます。休日には、キッチンカーでイベントに出店しました。友人とおでんやサンドイッチを販売し、西海市内だけでなく川棚町や波佐見町、長崎市内などにも足を運んだと言います。
「小さい夢がいっぱいあったんです。キッチンカーでの出店もその一つ」

一番嬉しかったと語る東彼杵町の千綿駅での出店ここまで仕事や地域での出来事を振り返ってきた堀内さんは、こんな言葉を口にしました。
「全然自分のために活動をしていたので、西海市のためにと思ったことはないです。それでも、周りの人は自分が残ってるだけで感謝してくれたり、応援してくれたりしました。自分のためにやっていたことが、回り回って市のためになっていたらいいなと思います」
「自分らしく生きること」を大切にしてきた堀内さん。その積み重ねが、結果として人との信頼を育み、今の暮らしへとつながっていきました。
西海市に残る理由は少しずつ増えていった
隊員の任期が終わったあと、地域に残る人もいれば、新しい土地へ向かう人もいます。堀内さん自身も、西海市に残ることを最初から決めていたわけではありませんでした。
「横浜に帰ることも考えていましたし、海外へ行くことも、福岡へ行くことも考えていました」
結果、西海市に引き続き残ることを決めた堀内さんですが、理由の一つに人間関係を挙げました。
「西海市には、各分野で活躍している同年代の移住者や、尊敬できる人、一緒に活動したいと思える人がたくさんいます。友人もできました。そういう人たちと過ごしているうちに、“ここにいたいな”と思うようになりました」
「残ろう」と決意したというより、「残る理由」が少しずつ増えていった3年間だったのかもしれません。

気がつけば信頼できる友人がたくさんできた3年間また、理由の二つ目に理想の物件との出会いがありました。
隊員活動と並行して、夢の一つであった自分の拠点を持つため、ライフワークのように物件探しを行っていた堀内さん。
「会う人会う人に家ないですか?と、3年間聞き続けていました」
10〜20軒ぐらい内見するも決め手に欠け、今後を考えていた3年目のときに転機がありました。
「体験民泊とか修学教育旅行の受け入れを一緒にしていた人経由で、使わない家があると紹介してもらいました」
そうして案内された場所が、今のqukulu hütteです。堀内さんが宿をやる条件として二つ考えていた、海が見えること、近所に迷惑をかけにくい場所であること、にも当てはまりました。
「もう行った瞬間、ここだと思ったので、すぐに決めました」
とはいえ、すぐに宿を始められたわけではありません。最初に取り組んだのは、宿へ続く道の開通でした。Googleマップにも表示されていない農道で、長い間使われておらず、草木が生い茂っていました。
「全部道が木で覆いかぶさってて、泥でコンクリートが見えない状況だったんですけど、去年の9月から休日や仕事終わりに、草刈りや木の伐採、石拾いなどに取り組みました。大変でしたが夢に向かっていたので、全部楽しかったです。笑顔で草刈りしていました」

地域の人が木の伐採などを手伝ってくれた他にも、地域おこし協力隊の起業支援補助金や、商工会の創業支援を活用できる点が、地域に残る選択肢を後押ししました。その費用で信頼のおける友人に内装や写真撮影、ロゴデザイン、グッズ制作、WEBサイト制作などを依頼したと言います。
「友達だから手伝ってではなくて、ちゃんと仕事として依頼し、お金を払いました。自分の大切な拠点を好きな人と一緒に作れて、きちんと対価を支払えたことが一番嬉しい」
こうして約10ヶ月かけてqukulu hütteが開業しました。
自分を大切にする時間を過ごしてほしい
qukulu hütteは、周りに民家がないため、騒音での苦情が発生する心配がありません。目の前には桟橋があり、釣りも楽しめます。
けれども、堀内さんがここで過ごして欲しい時間は、仲間と賑やかに過ごす時間だけではありません。
「ここは自然の音しか聞こえないので、自分のことを大切にする時間を取ってほしいなと思っています。例えば子連れの家族で来たとしても、数分だけでも一旦子どものことは忘れて、自分のことを考える時間を過ごして欲しい。その想いに共感してくれる人に来て欲しいです」

海が目の前のテラスは、座れば時間を忘れてしまう魅力がある宿が開業してから嬉しい出来事もたくさんありました。
「結婚式用の写真や動画をここで撮ったり、同窓会を開いたり、お盆休みには家族三世代で来てくれたりしました。特別な時間を過ごす場所に選んでいただけたことが、すごい嬉しかったですし、不思議な気持ちです」
宿として泊まるだけでなく、誰かの大切な節目の場所として選ばれたことが、堀内さんにとって嬉しかったといいます。
「仕事や暮らしのことを考えて、1ミリでも前進してくれたり、何かが生まれるきっかけになったりしたら良いなと思っています」
自分らしくいることを大切にし、思い描いた生活を目指して、少しずつ夢を叶えていった堀内さん。自分が大切に想う人、その姿に共感した人との繋がりを大切にしたい。西海市で夢を叶える日々は、まだまだ続きます。

公開インタビュー後にあった後輩隊員の発表もじっくり聞いていました「自分のため」が回り回って地域のために
公開インタビューで、「西海市の救世主になろうと思って来たわけではありません」と話した堀内さん。自分をさらに成長させ、人生をもっと面白くしたいという思いを持って西海市へ移住し、目の前の仕事に一つひとつ向き合ってきました。
堀内さん自身は「自分のため」と話しますが、体験民泊の仕事を着実にこなし、地域の人たちと関わってきた時間が、結果として周囲からの信頼につながったのだと思います。その積み重ねがあったからこそ、隊員時代のつながりから宿となる家を紹介してもらい、任期を終えた今も西海市で暮らしています。
地域おこし協力隊として活動していると、「地域のために何かをしなければ」と考える場面もあるかもしれません。けれども、自分自身が何を大切にしたいのか、どんな暮らしをしたいのかという気持ちも、同じように大切なのではないでしょうか。
堀内さんの歩みを見ていると、「自分のため」と「地域のため」は、必ずしも別々のものではなく、自分のために取り組んできたことが、回り回って地域にもつながっていくのだと思います。
自治体と弊社が二人三脚で設計した、安心の協力隊募集プロジェクト
地域おこし協力隊への挑戦を検討している方へ
今回ご紹介した記事のように、地域で活躍するためには「地域の受け入れ体制」や「本音のコミュニケーション」が欠かせません。
弊社では、着任後のミスマッチを防ぐため、自治体に伴走して募集ミッションや受け入れ環境の設計からサポートしています。
現在、その取り組みの一環として各自治体で新たな仲間を募集中です。受け入れ体制がしっかり整った環境で挑戦したい方は、ぜひ募集記事をご覧ください。
Consulting Desk
相談受付
隊員や自治体の方からの活動におけるお悩み相談などはこちら
Contact
お問い合わせ
取材やお仕事の依頼などのお問い合わせはこちら