
武将級じゃないから拓けた道。 元寇終焉の地・松浦で、チームで活きるクリエイティブプランナー
2026年10月更新
現在募集中の地域おこし協力隊情報
長崎県内の地域おこし協力隊に関心をお持ちの方へ。
弊社が自治体と伴走し、募集企画や受け入れ体制の設計などを支援している募集プロジェクトを紹介します。
地域のリアルやミッションの背景まで深く取材・把握している注目のプロジェクトです。
30歳彼氏なし。仕事ときどき廃人、の10年後
2022年10月、一般社団法人長崎県地域おこし協力隊ネットワークに新たな理事として参画した宮田友香(みやだゆか)さん。
松浦市を拠点に、3つの会社に所属し、この道20年のノウハウや人脈をフル活用!地域や事業者の課題解決のためのクリエイティブ戦略やチームの設計、コピーライティング、広報などに従事。2人の小さなこどもを育てながら、仕事・家事・育児にフル回転しています。

Nagasaki Editの記事向けに協力隊OGを取材中宮田さんは、海のある町で子育てする今を、10年前は1ミリも想像できなかったとか。
「移住前は、平日は夜遅くまで働いて、土日も仕事。(仕事が理由じゃなかったかもだけど笑)彼氏とは長く続かなくて。たまの休みは1日寝て過ごしたりして、同居してた妹には“廃人みたい…”と言われてました。笑」
それでも憧れだったデザイン関係の仕事に就けて、尊敬する先輩や刺激し合える同世代、慕ってくれる後輩に恵まれ、忙しくても楽しかったそう。

福岡で暮らしていた頃、行きつけの居酒屋にて。お酒好きで、このとき手に持っているのは泡盛のシークワーサー割人生の価値観が変わったのは、2011年3月11日。東日本大震災。
震災以降、止め処なく報道される被災地の様子。それらを見聞きし続けるうちに「現地の人の声を直接聞きたい」と感じ、ネットでボランティアを検索。2012年、宮田さんが29才の夏、宮城県石巻市で子どもの学びと遊びを支援する【プロジェクト結(ゆい)】に参加。
ボランティアを終えてからも、頭から離れなくなった思いがありました。
「明日死ぬかもしれない」「今日をどう過ごす?」
ぐるぐると考えながらも、仕事に追われて過ぎ行く日々。そんな中、仕事を通じて出会ったのが、長崎県松浦市の人々。その出会いから、宮田さんの人生は自らの想像を超える未来へと舵を切りました。

石巻市内の小学校。焼け焦げた校舎を後ろに子ども達が野球をしていた
石巻での楽しみはご飯!アラ汁や海鮮丼が美味しかったそう
津波被害を受けた小学校のトイレ。子ども達が少しでも明るい気持ちで過ごせるよう、宮田さんも色を塗ったワラにもすがった競争社会から、笑って暮らせる共創社会へ
NCNの紅一点。ですが「中身は男と評される」と笑う宮田さん。その背景にあるのは、20代の経験が大きいと振り返ります。
「コンペとか競争が多くて。25才くらいになると同世代が広告賞を受賞しだしたり、いち早く独立する人もいて。ワラにもすがる思いで、振り落とされないように必死でした」
決して優等生タイプではなかったからこそ、まずはクライアントとの信頼関係を築こうと、言葉の裏にある背景や思いを汲み取るために丁寧なコミュニケーションを心がけたそう。
次第に、社内外で評価を獲得。全国規模の商業施設や九州の鉄道会社、通販会社など大手のプロモーションから、福岡県や市など行政、まちづくり団体の広報、ラジオのパーソナリティまで多様な仕事を経験。個性的な人々とも向き合いコミュニケーション力を鍛練。

九州のクリエイターが集う団体・K-ADCでも活動。九州各地の多様なクリエイターとのつながりに今も助けられているとか
K-ADCでは、広報イベントや広報誌の企画・マネジメントも担当。イベントの司会もこなす結果として、どんな仕事でも、無理難題にも冷静に向き合う対応力につながったそうです。
それでも、競争に次ぐ競争の日々。確証のない未来への不安。
流れが変わったのは、東日本大震災ボランティアに参加して約1年後。30才の春。
知人の紹介で松浦市福岡事務所の“福岡都市圏プロモーション推進員”を委嘱。宮田さんは、取材や打合せで松浦の人との出会うにつれて、こんな思いを強くしていきました。
「このまちの人みたいに、人に優しくたい」
松浦市で人と話をするたび、初めて会ったのに親戚のような温かさを感じたそう。どんな暮らしをしたらこんな風に人に優しくできるのか?暮らしを体験してみたいと感じていた宮田さん。一方で、福岡で頑張り続ける先にある未来が想像できなくもなっていました。
そんな矢先、松浦市が地域おこし協力隊を募集。
宮田さんは地域おこし協力隊のことは全く知らず、移住の意思もなかったそう。
しかし、仕事内容=ミッションは、自分のスキルが活かせる情報発信。約3年の報酬と家がある。福岡と車で約2時間の距離。飛び込んでみてダメだったら戻ればいい。
「今のままじゃ自分も家族も大事にできない。明日死んだら後悔する…!」
モヤモヤとした思いを振り払うように、地域おこし協力隊に応募。2015年10月、31才で松浦市に移住。地域おこし協力隊に着任しました。

松浦移住後の通勤路にて。海の色が毎日違うと知って驚いたそう協力隊の先に見つけた!180度逆の選択肢
宮田さんは2015年10月から2018年3月までの約2年半、松浦市地域おこし協力隊として、市の魅力発信に従事。魅力発信のSNSアカウントやウェブサイトを開設。ウェブ、チラシ、動画、イベントなど様々な手段で市内外に松浦市の魅力を発信しました。
「活動の裏には、当時の上司の理解や応援が第一にあって。地元の同世代にも意見を聞いて。福岡のベテランデザイナーや友だちカメラマンにもめっちゃ手伝ってもらって。“情報発信”と一言で言っても範囲が広い。みんなのおかげで活動を全うできた」

協力隊活動中。「青のまち」をコンセプトに広報を展開
子ども達にふるさとの魅力を伝えたいと市のイメージソングを企画。市内小中学校でライブツアーを行った
市内唯一の高校・松浦高校。松浦の魅力や移住したきっかけなどを伝えた活動中は、松浦ならではのローカルルールがわからず戸惑うことがあったそう。
「未だにローカルルールは分からないことも多い。でも今は、あんまり気にしてません。ローカルルールは旦那担当。笑」
宮田さんは、2018年3月に地元の男性と結婚。2018年11月に第一子、2020年7月に第二子を出産。仕事に割ける時間が減り、仕事を徐々に取捨選択していきました。

式を挙げたのは、元寇で活躍した水軍松浦党ゆかりの神社・今福神社。宮司さんは、協力隊の頃から松浦の歴史や文化を教えてくれる「子どもに誇れるか?子どもに残したいか?を自問自答しながら働くようになりました。すると、ゆるやかに、農家さんや漁師さん、一部の事業者さんとの関係性が深まってきた」
協力隊の頃にぼんやりと抱いていた「まちの広告屋さんとしてたくさんの人をサポートできたら」との思いは、180度変わっていきました。
「一次産業のサポートがしたい」
明日死ぬかもしれない。後悔しない時間の使い方をしたい。
一次産業は生きるために必須。真摯に、食べ物を提供してくれる人たちの事業が上向くように。次代に稼げる産業として残せるように。少しずつ一次産業にかける時間を増やしています。

松浦の農業や農村暮らしについて教えてくれる地域の方
年末の餅つき。地域の方と集まってつくっている「最近だと、バイヤーと商談したり、POPをデザインしたり。何でもやりますけど、大事にしているのは専門家を入れたチーム設計。目的の共有。戦略。みんなの時間やお金を無駄にしないように」
方向性を共有し、チーム・工程・予算を調整して、チームに足りないところを埋めていく。人材不足が深刻な地方だからこそ、可能性を拓きたい。子どもたちの選択肢を増やしたい。
「語ってますけど、移住して仕事に自信を取り戻せたのは最近なんですけどね。笑」
宮田さんは都心と地方のギャップや、子育てとの両立に悩み、一度自信を無くしかけたそう。子どもが少し手が離れたタイミングでNCNと出会い、自信を取り戻せたそうです。

NCNの仲間。出会って間もないけれど昔からの友人のような関係性だそうつながりの力で結果オーライ!松浦党に学んだ生き方
松浦移住して大変だったのは、クリエイティブの仕事や予算よりも、話を共有できる仲間が少ないことだったという宮田さん。ですが、NCNは違ったそう。
「NCNは、“協力隊”視点の共通認識がある。地域の課題もクリエイティブの戦略も共有できる。みんながNCNとは別に事業を行う“経営者”であることも大きいと思います。それぞれの経営や暮らしぶりを見聞きして参考にしてることもある」
NCN以外にも、3つの会社を通じて夢も行動も共有できる仲間と出会えたのは、松浦に移住して協力隊になったから。活かされている、と実感するそうです。
「3つの会社全部、自分じゃない誰かの思いが柱にある。自分が前に出てやりたいことを考えたこともあったけど、私は誰かの思いを支えたり伝えたりするのが、自分がやりたいことだと気づいたんです」
そう気づいたのは、松浦の先輩たちに教えてもらった人生初の“趣味”も影響したそう。
「“趣味”は“松浦党”!世界史上最大の海上合戦である蒙古襲来(元寇)って、知ってます?チンギス=ハンとか、フビライ=ハンとか、神風とか、教科書で習いました??
松浦党は、蒙古襲来で日本を守った48の武士団。松浦・平戸・佐世保・五島・対馬・伊万里・唐津一帯の武士の集まりで、今で言う地域商社みたいな組織だったんですって!」
「連携力で、世界最大規模のモンゴル軍(元軍)から日本を守った。そのストーリーに勇気が出た!!肩の力が抜けて。一人で頑張らないで、家族や仲間に頼ろうと思ったんです」

元寇の様子を描いた蒙古襲来絵詞(国宝)。中央に描かれた「てつはう」は世界で唯一松浦市で発見された人手不足な深刻な地方。中でも松浦市は、長崎県の市で一番人口が少ないまち。
「人が少ないからこそ、同志と深くつながれる。心から信頼できる、ずっと一緒に生きていく親戚みたいな存在。宝ものです」
移住して、仕事より大事なものができた。
想像しなかった移住、結婚、出産とライフスタイルの変化を柔らかく受け入れて笑う宮田さん。自身の対応力と仲間との連携力で足りないチカラを補填し、チームの船を可能性の大海原へと推し進めています。

自治体と弊社が二人三脚で設計した、安心の協力隊募集プロジェクト
地域おこし協力隊への挑戦を検討している方へ
今回ご紹介した記事のように、地域で活躍するためには「地域の受け入れ体制」や「本音のコミュニケーション」が欠かせません。
弊社では、着任後のミスマッチを防ぐため、自治体に伴走して募集ミッションや受け入れ環境の設計からサポートしています。
現在、その取り組みの一環として各自治体で新たな仲間を募集中です。受け入れ体制がしっかり整った環境で挑戦したい方は、ぜひ募集記事をご覧ください。
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