2025年03月12日

ないなら自分で作る!国境離島・対馬での子育てと学童保育立ち上げ

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2026年10月更新

現在募集中の地域おこし協力隊情報

長崎県内の地域おこし協力隊に関心をお持ちの方へ。
弊社が自治体と伴走し、募集企画や受け入れ体制の設計などを支援している募集プロジェクトを紹介します。
地域のリアルやミッションの背景まで深く取材・把握している注目のプロジェクトです。

今回は、初代対馬市地域おこし協力隊(対馬での呼称は「島おこし協働隊」)、川口幹子(かわぐちもとこ)さんに、地方での子育てと2024年に立ち上げた学童保育についてお話を伺いました。

<プロフィール>
川口 幹子/かわぐち もとこ
1979年生まれ、青森県出身、北海道大大学院環境科学院博士後期課程修了
2011年6月 地域おこし協力隊員として31歳で対馬市に移住
2013年3月 任期中に「一般社団法人MIT」を同期隊員と共に立ち上げる
2018年4月 「一般社団法人MIT」を離れ、「一般社団法人対馬里山繋営塾」を設立。農村交流や環境教育に取り組む
2024年4月  放課後児童クラブ「ヤマネコ児童クラブ」設立


大学勤務から国境離島・対馬の地域おこし協力隊へ

地域おこし協力隊になる前、川口さんは大学の研究室に勤務し、進化生態学について研究していました。しかし、「研究室の中で深く狭く追及することよりも、もっと地域に深くかかわる仕事がしたい、自分の”フィールド”を持って、自然だけではなくそこにある人間の営みを深く理解したい!」と、一大決心。大学勤務を辞め、韓国から約50キロの国境離島・対馬に地域おこし協力隊として移住しました。

地域おこし協力隊の任期中には、まず地盤を固めようと、集落の家を一軒一軒すべて訪問するなど、地元の方々との交流を深めました。その後、少しずつ地域の一員として認められ、退任後自身のほれ込んだ対馬市北部にある集落、志多留(したる)在住の方と結婚、出産。対馬で母となりました。

川口さんの愛する志多留は、古代権力者の古墳も発見された歴史ある土地

志多留には、川口さんが大学勤務時代“フィールド”として求めていた里山のすべてがあり、大陸から日本への架け橋となるこの場所は、日本で初めに稲作が始まった地と言われています。

「流通が止まれば、都会では人は暮らしていけない。いつかそんな時代が来るかもしれないと思っています。今は不便と思われる田舎暮らしですが、田舎の人には(自給自足的な)自分の暮らしにもっと誇りを持ってほしい」

川口さんは現在、自然環境や伝統技術・文化を後世に繋ぎ、持続可能な社会を実現するため、対馬での暮らしや体験を提供する旅行会社を経営しています。

離島地域での学童保育設立と子どもたちの変化

「海の幸、山の幸を生産しつつ、自然の中で生き物に触れながら子育てがしたい!」と考えていた川口さん。子どもが生まれてから痛感したのは、地方で子育てをする上での課題です。

「これだけ豊かな自然環境がありながら、子どもたちは楽しむすべを知りません。“周りに豊かな自然があれば、自然体験ができるわけではないんだ”と子どもが生まれて初めて気付いたんです」

また、地方は都会に比べて圧倒的に“習い事の選択肢”が少なく、「いざ子どもが生まれると自然の中での子育てを希望していたにも関わらず、“都会の方が子育てにいいのではないか”と感じてしまった」と言います。

川口さんの暮らす対馬北部は、過疎化で近所に同年代の子どもがいないという地区も多く、放課後同級生と遊ぼうと思っても、大人が送迎しないと子ども同士で会うことすらできません。子ども同士の関わりがどんどん減っている、という地方での子育ての現実に直面しました。

地域の子育て世代アンケートでは、個人で自然の中で遊ぶ難しさが見えてきた

「せっかく自然豊かな対馬に住んでいるのに、子どもたちが家で一人YouTubeを見て過ごすだけになってしまうなんて、もったいない!!」

「個人で自然遊びができないなら、みんなでできる機会を作ろう!」

と感じた川口さんは、長男の小学校入学を機に、旅行会社だけではなく学童保育を設立することに。

こうして設立されたのが、現在は対馬市上県町仁田(かみあがたまちにた)と志多留の2つの拠点で運営されている「ヤマネコ児童クラブ」です。

仁田の拠点は、高齢者向けデイサービスセンターとも隣接。集落の中心にある
志多留の築100年を超える拠点。子どもたちに「隊長」と親しまれている

現在の拠点のうちひとつは仁田小学校に近く、子どもたちは授業を終え学童保育にやってくると、まず宿題をしてから広々としたスペースで野球やトランポリンで自由に遊びます。

のびのびと活動する子どもたち!後ろには川口さんこだわりの木組みの遊具も

対して志多留の拠点は、川口さんが惚れ込んだ里山集落の古民家にあり、週末や長期休暇には、昔ながらの体験や対馬ならではの活動を通して環境教育を行います。

冬休みのとある日。志多留にて貴重な唐臼(からうす)※で餅つきイベントを開催

※臼を地面に固定し、杵(きね)をシーソーのような機構の一方につけ、足で片側を踏んで放し、杵が落下して臼の中の穀物をひく方式の臼のこと。
みんなで対馬の霊峰白嶽(しらたけ)へ。実は島民でも行ったことのない人も多い

「ヤマネコ児童クラブ」には2025年現在、小学校一年生から六年生までの約30人の子どもたちが所属しています。

島内の学校がどんどん廃校になっていく厳しい環境の中ですが、川口さんが学童保育を始めてから、通っている子どもたちには変化があったそうです。

「放課後みんなで宿題をして、おやつを食べて遊ぶ。それだけでも子どもたちの表情が明るく変わっていくのがわかるんです」

「子どもたちの間ではもちろん、いさかいもあります。しかし、その“他者との対話の時間”は子どもたちの成長にとって重要な時間です。子ども同士の関わりの中で自分の得意・不得意に気付く、人との関わりの難しさに直面する。こういったことを子どものうちに経験しないと、大人になってから社会の中でさらに大きな壁にぶつかった時に、乗り越えることが難しくなってしまうんじゃないかと思うんです」

と、川口さんは語ります。


学者ならでは、とことん調べる子育てアプローチ

旅行会社の経営に加え、学童保育の運営も手掛ける川口さんの日々は多忙を極めます。

ご主人は漁師という職業柄、予定が天候に左右されたり不規則なため、育児は地域や義実家のサポートを受けながら進めてきたといいます。

それにもかかわらず、川口さんは常に穏やかです。子育てで怒らないコツを聞いてみたところ、そこには学者ならではの“探求型”のアプローチがありました。

川口さんにも、子育てをはじめた頃は、

「なぜ思い通りにならないのか?」

「どうしてうちの子どもはこうなのだろう?」

と悩むことがあったそうです。しかし、臨床心理学や発達心理学を積極的に学び、子どもの発達過程や年齢ごとの特性を理解することで、違いをその子の特性と受け入れることができるようになったと言います。

そうすることで自分の気持ちも楽になり、子どもに客観的に向き合う余裕が生まれ、冷静に接することができるようになったそうです。

また、最近は学童保育という他の子どもたちの居る環境の中で、自身の子どものことをより客観的にみることができるようになったと言います。

けん玉レースをする子どもたち。学童では季節ごとにイベントを企画

「ヤマネコ児童クラブ」では、“子どもたちの習い事の選択肢が少なくなってしまっている”という課題に対して、片道1時間もかかる島内南部にあるスイミングスクールへの送迎対応を行っています。

そして、川口さんがスイミングスクールの送迎をする日には、子どもたちがレッスンを受けている間、自身も水着に着替えて泳いでいることがあるそうです。

「地方での暮らしは移動が多くなってしまう分、時間のやりくりが大切。限られた時間の中で自分もリフレッシュできるよう工夫をしています!」

と、地方での子育てと仕事の両立の秘訣を教えてくれました。

川口さんが描くこれからの地域づくり

自身でも試行錯誤しながら地方での子育てを続ける川口さんは、

「地方での子育ての魅力をもっと多くの人に伝えたい!」

「対馬の子どもたちが自分の地域を誇りに思える環境を作りたい!」

と運営する学童保育をより充実させ都市部からの研修生や親子留学、ワーケーションプログラムの受け入れを行っていく計画を立ています。

新たな拠点には、すべての子どもに居場所がある空間を作っていく計画

今後、この新たな拠点を拡大させていくには、現在のままでは人手が足りません。そこで、都会から来た人を雇用し、「ヤマネコ児童クラブ」という場を通じて、都会で子育てに悩む人々が地方で地域に参加し、大人も子どもも居場所を見つけていくきっかけを作りたいと考えています。

また、対馬の子どもたちが将来Uターンを考える際、働く場の選択肢の一つとして考えてもらえるようにしていきたいと語ります。

「自然だけではなくそこに暮らす人々の営みを学べる場所を作りたい」という当初の目標を、志多留という“フィールド”と“学童保育の設立”によって、少しずつ実現させていく川口さん。これからの活動からも目が離せません。

一般社団法人 対馬里山繋営塾
https://www.satoyama-keieijuku.com/

ヤマネコ児童クラブのInstagram
https://www.instagram.com/yamaneko_club.tushima/

編集後記

筆者が対馬に地域おこし協力隊として着任した際、当時担当していた市の職員の方から、「志多留にほれ込み、その日にここに住む!と宣言したOGの人が居てね」と聞いていた対馬の初代地域おこし協力隊員、川口さん。

取材時(2025年)で対馬に来てから14年、今ではすっかり方言も対馬弁になり、「~やけん」「~ちゃろ?」と話す姿が印象的でした。

川口さんにお会いすると、いつも新しい夢の地図(事業計画)ができあがっていて、熱くその計画を語ってくれます。そして有言実行の川口さんには人に話すことでどんどん自身のしたいことを実現していく力があります。

まわりをどんどん巻き込んでいく川口さんの周りには、対馬では貴重な若いスタッフが海を越えて島外からまでも集まってくるのです。

筆者の移住までのストーリーはこちら。
https://ngs-cnw.com/nagasaki-edit/posts/tachibanda-tsushima-iju

自治体と弊社が二人三脚で設計した、安心の協力隊募集プロジェクト

地域おこし協力隊への挑戦を検討している方へ
今回ご紹介した記事のように、地域で活躍するためには「地域の受け入れ体制」や「本音のコミュニケーション」が欠かせません。
弊社では、着任後のミスマッチを防ぐため、自治体に伴走して募集ミッションや受け入れ環境の設計からサポートしています。
現在、その取り組みの一環として各自治体で新たな仲間を募集中です。受け入れ体制がしっかり整った環境で挑戦したい方は、ぜひ募集記事をご覧ください。

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